プロフィール

堀久太郎

Author:堀久太郎
新潟県出身、愛知県在住29才男。斯波高経より二十三代、堀直政より十五代目の子孫(分家、不確定の部分あり。)。画像は堀氏の家紋「亀甲に花菱」。自作の手書きのため、よく見るとゆがんでゐる。

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たしなむべし。
歴史、教養、道徳、社会の秩序などなど、むづかしい話をやさしく語るやさしいをのこのぶろぐ。
正統と異端
我は論語を好むなり。朱子学の本を読み込んでいこうとおもひ侍り。うろおぼえの山崎闇斎の本に、「正統と異端」といふ項がありにけり。

君臣、父子、夫婦、これ人倫(人の道)なり。しかるに老仏(老荘思想、仏教)はこの価値を解体せんとするものなり。人倫を説く孔子の教えが正統なり、老仏は異端なり。といふ趣旨。

我にはいとど腑に落ちにけり。げに老仏は社会の秩序、道徳、日常の用を語るおしへにあらず。むしろ心の執着、日々のわづらわしさをいかにやりすごすかといふ視点なり。

朱子学に傾倒した山崎闇斎、保科正之らは、これら異端を論難し、排斥せねばならぬとおもひ侍りし。松平定信の寛政異学の禁といふのもさうであった気がせり。我は必ずしもさう考えない。よのなか何事も陽と陰の均衡により成り立てり。君臣、父子、夫婦さへもまたしかり。老仏も文字通りの駆け込み寺としての陰の一端をになへり。

されど朱子学は興味深し。山崎闇斎の本では、この正統と異端の視点で、神道仏教を論じており、神道から仏教の影響を除かんとする立場で、これもまた興味深し。浅学ゆえ、また折をみて読書し、ここへ報告したし。

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古典をたしなむ
われはけふ、枕草子と平家物語を文庫本で購入せり。はづかしながらよわひ二十八にして、やうやく古典に親しまんとす。きっかけは斯波義将の『竹馬抄』なり。其の第八段に、「尋常しき人は、かならず光源氏の物語、清少納言が枕草子などを、目をとどめていくかへりも覚え侍べきなり。云々」とある。wikipediaを参照されたし。直接の先祖ではなしとはいへ、われはおおいに感化されり。書店の文庫本の棚のまへにおりて、われの教養のなさを慨嘆せり。ちなみに源氏物語は十数巻に分かれていて、たまたま一巻がなく、けふは買わずじまい。

高校、大学の受験勉強で読んだ文章もいくつかあり、若い頃は何も分からなくとも一心不乱に勉強しておいて損はなかったとおもへり。

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速やかならんことを欲するなかれ
論語』の子路、十七段にこうある。
「子夏、呂父の宰と為り、政を問う。子曰く、速やかならんことを欲する無かれ。小利を見ること無かれ。速やかならんことを欲すれば則ち達せず。小利を見れば、則ち大事成らず、と。」

我も人の子ゆへ、欲と縁を切り難し。ブログのランキングがじわじわ上がればもっと上がって欲しいとおもふ。多くの人に読まれたし、評価されたし、影響を与えたしとおもふやうになりし。心の乱れたときには古典が導いてくれるものなり。古典をたしなむべし。

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朱子学を学ぶに至る経緯
我が朱子学を学ぶに至ったのは、我の先祖が越後新発田藩の藩士なりしかば、其の歴史を学ぶ過程で、十代藩主溝口直諒(なおあき)公が山崎闇斎の崎門派の朱子学を藩学としたことにより、藩内に勤王の気風が育ち、北越戊辰戦争での我が藩の命運を決めたりしことを知りてからなり。

溝口直諒公の『報国説』は当時の皇族方、公家にも読まれたといふ。『勤王開国の先唱者溝口健斎公』(健斎は直諒公の隠居名)といふ明治四十年頃出版された本を図書館にて見つけ、『報国説』の複写を入手せしが、全文漢文で旧字体づくしゆへ、古典の素養を身につけてから読み解きたし。

山崎闇斎といへば垂加神道と朱子学なり。最初垂加神道に興味を持ちたるが、闇斎をして神道に向かわせしめた朱子学に興味が至れり。朱子学を学ぶには前提となる四書(『論語』、『孟子』、『大学』、『中庸』)を参照できるやうに買い揃へておかねばとおもふなり。

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『大学』の精神
先日、『大学』と『中庸』を文庫本で購入せり。この二つは元は『礼記』の中の一編であったものを、宋代の程子兄弟を経て、朱子に至り、『論語』、『孟子』とならび「四書」と称されるにいたれり。学者毎にいろいろ解釈しており、朱子は『大学章句』、『中庸章句』を記したりし。朱子曰く、四書のうち、最初に学ぶべきが『大学』であり、『論語』、『孟子』と学んで、最後に学ぶべきが『中庸』なり。

『大学』の精神を最も端的に示すのが第二段の文なり。

「古の明徳を明らかにせんと欲する者は、先ずその国を治む。その国を治めんと欲する者は先ずその家を斉(ととの)う。その家を斉えんと欲する者は先ずその身を脩(修)む。その身を脩めんと欲する者は先ずその心を正す。その心を正さんと欲する者は先ずその意を誠にす。その意を誠にせんと欲する者は先ずその知を致(きわ)む。知を致むるは物に格(いた)るに在り。

物格りて后(のち)知至まる。知至まりて后意誠なり。意誠にして后心正し。心正しくして后身脩まる。身脩まりて后家斉う。家斉いて后国治まる。国治まりて后天下平らかなり。」

格物、致知、誠意、正心、修身、斉家、治国、平天下の八条目といはれるものなり。このうち「誠」の哲学が『中庸』で語られるなり。朱子は「格物致知」と「誠」の哲学を重視し、理を窮めんとし、理気論に至れり。「格物致知」は難解なるがゆへ、後代の学者がいろいろおかしな解釈をせしやうにおもふ。荻生徂徠など果敢に朱子の解釈を批判し侍りし。読書窮理し、「格物致知」の真意を探りたし。

己の身を修むることなくして天下国家を語るなかれ、家をととのへられずして天下国家を語るなかれといふことなり。小林よしのり氏がこれと全く同じことをいっておられた。私的なレベルを安定させられない人間が天下国家を語っているといふ批判をしたり。彼は相当な読書家ときこゆ、おそらく『大学』も若い頃に親しんでいたのかもしれぬ。

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君が代のルーツ
古今和歌集 巻第七 賀歌(がのうた) の第一首に次の歌がある。

 題しらず                        よみ人しらず

わが君は 千世にやちよに さざれいしの いはほとなりて こけのむすまで

作者未詳で、『古今和歌集隠名作者次第』には橘清友とある。橘諸兄の孫で、仁明天皇の外祖父にあたる人。古注には「平城天皇を橘清友が祝してよめる歌」とするものの他、「寛平七年正月に人々を召て歌読給ける時、貫之歌也」といふものもあるといふ。

古今集のほかにも『新撰和歌』『和歌体十種』『和漢朗詠集』など多くの文献に見られる。

原本『古今集』、初稿本『和漢朗詠集』では「千代に八千代に」は「千代にましませ」、「こけのむすまで」は「苔むすまでに」となっており、『和歌十体種』になるとそこから「こけのむすまで」になり、再稿本、精選本『和漢朗詠集』『深窓秘抄』で「千代に八千代に」となり、歌謡『古今集』で「わが君は」が「君が代は」となり、見慣れた歌となるといふ。

知っていた人も多いかも知れぬが、吾は古今集を読んでいて偶然見つけたので、いたく驚き感動せり。君が代が五七五七七になっていたことも今まで気づかなかった。

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