我は論語を好むなり。朱子学の本を読み込んでいこうとおもひ侍り。うろおぼえの山崎闇斎の本に、「正統と異端」といふ項がありにけり。
君臣、父子、夫婦、これ人倫(人の道)なり。しかるに老仏(老荘思想、仏教)はこの価値を解体せんとするものなり。人倫を説く孔子の教えが正統なり、老仏は異端なり。といふ趣旨。
我にはいとど腑に落ちにけり。げに老仏は社会の秩序、道徳、日常の用を語るおしへにあらず。むしろ心の執着、日々のわづらわしさをいかにやりすごすかといふ視点なり。
朱子学に傾倒した山崎闇斎、保科正之らは、これら異端を論難し、排斥せねばならぬとおもひ侍りし。松平定信の寛政異学の禁といふのもさうであった気がせり。我は必ずしもさう考えない。よのなか何事も陽と陰の均衡により成り立てり。君臣、父子、夫婦さへもまたしかり。老仏も文字通りの駆け込み寺としての陰の一端をになへり。
されど朱子学は興味深し。山崎闇斎の本では、この正統と異端の視点で、神道と仏教を論じており、神道から仏教の影響を除かんとする立場で、これもまた興味深し。浅学ゆえ、また折をみて読書し、ここへ報告したし。
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