我が朱子学を学ぶに至ったのは、我の先祖が越後新発田藩の藩士なりしかば、其の歴史を学ぶ過程で、十代藩主溝口直諒(なおあき)公が山崎闇斎の崎門派の朱子学を藩学としたことにより、藩内に勤王の気風が育ち、北越戊辰戦争での我が藩の命運を決めたりしことを知りてからなり。
溝口直諒公の『報国説』は当時の皇族方、公家にも読まれたといふ。『勤王開国の先唱者溝口健斎公』(健斎は直諒公の隠居名)といふ明治四十年頃出版された本を図書館にて見つけ、『報国説』の複写を入手せしが、全文漢文で旧字体づくしゆへ、古典の素養を身につけてから読み解きたし。
山崎闇斎といへば垂加神道と朱子学なり。最初垂加神道に興味を持ちたるが、闇斎をして神道に向かわせしめた朱子学に興味が至れり。朱子学を学ぶには前提となる四書(『論語』、『孟子』、『大学』、『中庸』)を参照できるやうに買い揃へておかねばとおもふなり。
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