プロフィール

堀久太郎

Author:堀久太郎
新潟県出身、愛知県在住29才男。斯波高経より二十三代、堀直政より十五代目の子孫(分家、不確定の部分あり。)。画像は堀氏の家紋「亀甲に花菱」。自作の手書きのため、よく見るとゆがんでゐる。

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たしなむべし。
歴史、教養、道徳、社会の秩序などなど、むづかしい話をやさしく語るやさしいをのこのぶろぐ。
堀秀政書状
立政寺の堀秀政書状は、織田信長へ立政寺から音信用の料紙が贈呈されたことへの謝辞を述べたもので、信長の副状として出されたもの。信長に五十帖、秀政に二十帖贈られたよう。

織田信長黒印状

爲音信料帋五十帖到来候、懇情喜悦之至候、猶、
堀久太郎可申候也、謹言、
   十月十六日  黒印
       立政寺

堀秀政書状(折紙)

上様江、料帋五十帖御進上候、令披露候處、御祝著之旨、
以御書被仰出候、次私へ同貳十帖被懸御意候、
御懇信喜悦之至候、委曲千光庵へ令申候之條、
不能細筆候、恐ゝ謹言、
   十月廿六日    秀政(花押)
(奥切封ウハ書)
「 堀久太郎
 立政寺     秀政」

西圓寺の堀秀政書状は、詳細は解釈できなかったが、寺の高札に関して羽柴秀吉、丹羽長秀に相談して指示を仰いだような内容とおもはれる。大垣の代官とおもはれる谷屋宗左衛門尉といふひとに宛てている。

堀秀政書状(折紙)

對草道嶋西圓寺高札之事、羽柴筑前守・惟任五郎左衛門尉
御両人江申届候處、急度相調、可差越之旨候、
何時も、殊に先年之條、隨分不可有如在候、
被得其意、彼寺内へ可申遣候、恐ゝ謹言、
            
           堀久太郎
   十ニ月十二日    秀政(花押)

    谷屋宗左衛門尉殿

注:帋=紙
  出典は『岐阜県史 史料編 古代・中世一』



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テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術