プロフィール

堀久太郎

Author:堀久太郎
新潟県出身、愛知県在住29才男。斯波高経より二十三代、堀直政より十五代目の子孫(分家、不確定の部分あり。)。画像は堀氏の家紋「亀甲に花菱」。自作の手書きのため、よく見るとゆがんでゐる。

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たしなむべし。
歴史、教養、道徳、社会の秩序などなど、むづかしい話をやさしく語るやさしいをのこのぶろぐ。
名古屋に転勤
四月から名古屋に転勤となり、先立って三月は転勤準備で多忙をきはめ、ようやく一息。いつかは奥田や茜部へ行ってみたいとはおもひしが、かやうに早くその機会にめぐまれるとは。とはいへみづから希望したわけでもなく、それがゆへになおのこと御先祖の導きではないかともおもふ。図書館で郷土史料を調べるのも楽しみ。少しでも多くのご先祖の足跡を見つけられたらとおもふ。

二月は新潟の図書館で『堀鉄団公記』を読み、三月は上越の春日山へ行き、秀重、秀政、秀治三代の墓へ参った。あとは尾張の国府が稲沢市の国府宮(こうのみや)付近、室町時代の守護所が同市の下津(おりづ)にあったことを知り、そこから近い奥田を領した御先祖は、やはりたしかな血筋なのだろうといふ思いを強くした。



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この記事に対するコメント
名古屋ですか
おかえりなさい
岐阜市の堀です。
岐阜と名古屋はJRで17分です
茜部は堀家の聖地です。
上茜部城址のところに堀秀政の記念碑があります。

目立たないので注意していないととおりすぎます。
小牧長久手にも堀秀政にまつわるものがあったと思います。
【2008/04/26 22:39】 URL | 木堂くん #- [ 編集]

ただいまです
「おかえりなさい」という言葉がとてもうれしいです。四百年の時を経て先祖の住んでいた土地に戻ってくるという歴史のロマンに感動していたのですが、それを共有できる人がいるということがなによりも喜ばしいです。先祖の歴史を知らないままだったら転勤は受け入れられず耐えがたかったでしょう。

今年は堀直政が没してちょうど四百年、堀家が越後へ移ってからは四百十年です。近々茜部本郷へ行ってみようと思ってます。長久手は会社も家も名東区でとても近いです。名東区の上社は柴田勝家の地元だし、歴史がたくさん詰まっている土地ですね、名古屋、岐阜は。新潟市は城下町ではないので、こんなに身近には歴史はないです。とても新鮮です。
【2008/04/27 08:39】 URL | 堀久太郎 #- [ 編集]

茜部
新潟市の毛坊主です。私も、昨年の3月29日、30日と名古屋へ出張しました折に、茜部城跡(秀政生誕地)と小牧長久手の秀政本陣跡を訪ねてみました。茜部では「HORI」というフルーツショップがあり、店の女主人の方にお話を伺ったところ、秀政一族にゆかりがあるようでした。先祖のふるさとを訪ね、茜部の風に吹かれながら、神社の境内でお弁当をいただきました。岐阜市図書館で「堀家覚え書き」も閲覧することができました。茜部から全国に散った堀一族がまた集まるようなチャンスがあったら…、と思うとわくわくします。
【2008/04/28 14:52】 URL | 毛坊主 #- [ 編集]


上茜部城はうっかりしていると通り過ぎてしまうような場所です。
堀秀政生誕400年を記念して自治会で石碑を建てていただいたようですが織田信長、豊臣秀吉の重臣でありながら知名度が低いのは秀政があまりにも早く亡くなってしまったからでしょう。
フルーツショップは通ったことがあります。
関八州は秀政に与えるつもりだったと秀吉は秀政の死を惜しんだと伝えられています。
それが秀吉一流の人垂らし=お世辞上手だったとしても当たらずとも遠からずだったのではないでしょうか?
秀政は信長の側近であったため織田家への忠誠心も強く彼が長生きしたら徳川幕府が存在したかどうかも疑問です。
堀家覚書を読んでいただいてありがとうございます。
我が家の本家筋の堀清枝さんが書かれた岐阜市次木(なめき、茜部から約10分)堀家の400年の歴史です。
清枝さんご自身も教育者でご主人は武義さんは岐阜大名誉教授、岐阜教育大学長も歴任された方でご子息も教員だと聞いてます。
一族には岐阜県教育長や校長なども輩出しており。
馬鹿が多い我が家の一門を除くと教育者が多い一族です。
岐阜には堀秀政との関係は不明ですが堀は全国で1、2番に比率が高いと読んだことがあります。(正確なデータか不明)
【2008/04/29 09:36】 URL | 木堂くん #- [ 編集]

全国の堀氏
新着の記事に書きましたが、群馬県の藤岡市に「丸に釘抜」の看板を掲げる蕎麦屋の堀氏がいることを知り、感激しました。それから最近ウィキペディアに堀勝名という人の記事が出てきたんですが、江戸中期に熊本藩の藩政改革をしたらしいです。細川家の用人の家系だったのを家老に抜擢されたそう。熊本藩の堀氏といえば直清の子で舎人某というひとが細川越中守に仕えたそうなので、その子孫か、やはり直政の血筋はすごい!と色めきたっております。
 
 あと、私の本家曰く、本当の本家(嫡流に近い血筋)は北海道へ行ったそう。明治期は北海道移民は新潟県人と青森県人が特に多かったらしい。

他には文化文政のころ、神奈川の西小磯村を知行していた堀中務というひとがいたらしい。ネットで見つけました。系統は不明ですが旗本の堀氏でしょう。
【2008/04/29 09:49】 URL | 堀久太郎 #- [ 編集]

北海道にいます ひぃばぁさんが堀家でした
私のひぃばぁさんが堀でした お墓には 岐阜県人 堀氏と書いております。皆様と同じなのでしょうか
【2008/07/25 00:25】 URL | つぐ #ee0Ate1c [ 編集]


岐阜県立図書館に、『明治三十九年渡道した堀家系図―岐阜県より北海道への入植調査資料』 堀 正義 編 という本があるようです。この本が北海道にあれば、茜部の堀氏か次木の堀氏かといったことが調べられるかもしれません。取り寄せもできるみたいですけど。今度岐阜行ったときに見てみようかな。
【2008/07/27 11:27】 URL | 堀久太郎 #- [ 編集]


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