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丸に釘抜 久太郎さん、はじめまして。 岐阜の堀勝蔵と申します。
いつも興味津々で拝見させて頂いています。本当に勉強になります。
『丸に釘抜紋の堀さん』 の記事を読み 思わず投稿させていただきました。
実は我が家も 『丸に釘抜紋の堀さん』 なんです。
口伝では代々当主は 『勝蔵』 を名乗ったということですが、何を生業にしていた一族なのか今ではさっぱりわかりません。
おそらく全国には先祖がわからないという私のような『堀さん』が多い事かと思いますが、そんな『堀さん』のためにもブログ頑張ってくださいね。応援してます。
【2008/04/30 21:29】
URL | 堀勝蔵 #- [ 編集]
家紋について 応援ありがとうございます。続ける励みになります。
「釘抜き」は直政の家系の家紋です。直清の子で半左衛門直友と頼母某という人(同一人物の可能性もある)は、どこに仕官したか書いてないから帰農した可能性があります。しかし、家紋から家系を推測するのは難しいようです。本文に書いた新潟市の濁川の堀氏は西の方は「丸に剣片喰(けんかたばみ)」、東の方は「丸に中陰蔦(なかかげづた)」で、堀氏の花菱でも釘抜でも梅でもないんです。蔦紋は将軍吉宗が使ってから一般に流行したとか、北陸地方に多いとか言われています。それに本家と同じ家紋を分家が使ってはいけないということもあったりなかったり。村松堀家が新発田の堀家に「亀甲に花菱」を定紋にしたいと申し出て、許可されなかったこともあったようです。帰農していたほうがそういうしがらみはなかったかもしれません。
私は常々、自分が類稀なものを授かっていることが、あの偉大な先祖たちとのつながりを示す証であると考えています。だから己の身を正し、その資質を十二分に発揮することが先祖たちの歴史を示すことにもなると思います。歴史は家紋や家系図だけでは語れないものです。家風というのはいつまでも変わらないものだと思います。岐阜の堀氏も優秀な人が多いようで。それこそがあの偉大な先祖たちとつながっている証です。
【2008/05/01 19:45】
URL | 堀久太郎 #- [ 編集]
堀秀政は超マイナーだけど、
偉大な経歴の持主だったんですね
特に関東八州の話は凄いのひとこと
惜しまれるのは若干38歳の命・・・仮に生きていてら日本はどうなっていたんでしょう?
まちがいなく徳川幕府はなかったでしょうね、
【2008/07/24 02:25】
URL | わんさか #- [ 編集]
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